KinKi Kidsはジャニーズ事務所のタブー?

ジャニーズ

KinKi Kidsはジャニーズ事務所の超優良物件

KinKi Kidsは97年5月、ジャニーズ事務所が設立したレコード会社「ジャニーズ・エンタテイメント」の第1弾アーティストとしてデビューを果たしました。

「デビュー前から冠番組やドラマの主演などをやっていたのは、KinKi Kidsと滝沢秀明だけ。デビュー前年には紅白歌合戦で近藤真彦のステージに応援ゲストとして登場し、『ミッドナイト・シャッフル』のサビを歌ったことも。以上の事を考えても、彼らは当時のジャニーズ事務所の超優良物件だったのです」(ジャニー氏を知る芸能関係者)

KinKi Kidsはデビュー当時からジャニー班として滝沢秀明とともに特別な存在だった。彼らの芸能活動を語るうえで外せないのが、年末年始のジャニーズ恒例カウントダウンコンサートでした。

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ジャニーズカウントダウンでメインを張るKinKi Kids

多数のジャニーズタレントが出演するカウントダウンで21年間メインを張っているのがkinKi Kidsです。そのため、彼らは紅白歌合戦に長年出場しておらず、16年の出場が初めてでした。

ファンの間で語り継がれているのは13年のカウントダウンの1シーンです。終了後、ジュリー派やジャニー派など、派閥ごとにステージを去っていくのが通例といわれていたが、その日のテレビ放送終了後、ステージ上にはKinKi Kidsとタッキー&翼の4人が残りました。堂本光一がほかの3人に向き返り、こう発言したそうです。

「中立な俺らがステージに残りましたね」

ジャニー氏肝いりのグループであるKinKi Kidsは長らくアンタッチャブルな存在としてジャニーズ事務所内で認知されていました。ジャニー氏の秘蔵っ子である滝沢秀明とともに中立的な立場で物が言える数少ないタレントなのです。

ですが、この「中立な俺ら」発言がメリー氏の乱心を生むことになるとは、当時の彼らは想像できなかったでしょう。それから2年後の15年1月、メリー氏にインタビューを行った『週刊文春』の記者が堂本光一のこの発言を披露すると、メリー氏は困惑した様子でこう語ったといいます。

「”中立”って光一が!?その意味が分からない。それ、マイクで言ったわけ?」

それを苦々しい様子で見聞きしていたのが、ジュリー氏でした。

KinKi Kidsの扱いに頭を悩ますジュリー氏

「飯島氏が事務所を去り、ジュリー体制を敷かれて以降、彼女はKinKi Kidsの扱いに頭を悩ませています。もともと彼らは飯島氏とも関係が深く、ジュリー氏としては容易に手を出しづらい。いまは光一は舞台のトップとして人気を不動のものにしているし、剛だって昔ながらの根強いファンが多数いる。ジュリー氏はお手上げ状態なのです」(同前)

そんなKinKi Kidsの後ろ盾になっているのが、フジテレビジョン総合事業局コンテンツ事業センターペイTV部ゼネラルプロデューサーを務めているK氏です。K氏は『HEY!HEY!HEY!』『FNS歌謡祭』などを担当したほか、SMAPのコンサート映像などをプロデュース。いわばフジテレビ音楽班のトップであるK氏の寵愛をうけているのが、ほかならぬKinKi Kidsなのです。

その一方で、不可侵な存在である彼らも不惑を迎え、ある変化が見て取れます。昨年10月2日、21年間続けてきた年末年始のドームコンサートの中止を発表したのです。

「ファンクラブ会員向けに送られたメールでは、17年、突発性難聴と診断された堂本剛の体調不良が中止の理由と書かれていました。ファンの間では解散説も浮上し、今後の活動に注目が集まるなか、それを好機到来と見ているのがジュリー氏なのです」(音楽業界関係者)

ジュリー体制となった現在、これまでアンタッチャブルだったKinKi Kidsに対しても、ジュリー氏の具体的戦略は果たして発動されるのでしょうか。

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